最近何かと話題に上ってると思うので一言、二言。
人は誰しも新しいことには最初、抵抗があって裁判員制度も例外なくあーだ、こーだといわれていますね。
例えば「アメリカやヨーロッパがやってるからって真似する必要ないジャン」とか、
「死刑かどうかを判断しなければいけないなんて嫌だー」
ご多分に漏れずあーだこーだ言ってみます。
といっても言いたいのは一点だけですけど。
確かこの裁判員制度を始めた目的は「裁判を一般の人にも関心を持ってもらおう」ということだったと思います。
私は「死刑かどうかを・・うんぬん」とかいうことよりも
「裁判員は話し合った内容を裁判が終わった後でも、周りの人に話をしてはいけない」ということに関して弱冠ですが引っかかっています。
これって当初の目的を考えるとなんだかなーと思います。
話をしてはいけないけど感心を持ってくれ!
「クチコミは最強の販促手段」だという専門家がいます。
確かにどんなにすばらしい販売者側の広告よりも遥かに効果が期待できると思います。
しかし、この裁判員制度は「うちの商品やサービスをいろんな人に知ってほしい、でも既存客の皆さんは他の見込み客の人達には内密にしてくださいね。」
っていってるのと同じような気が・・
考えすぎ?


私も「一切秘密」はよくないと思います。
毎回0からの参加となり、
経験を積み上げることができない、
これでは、広く大衆に司法の門戸を開き、
関心を持たせる、なんて無理でしょう。
蛇足:
弱冠=>若干
感心=>関心